黄昏の刻 第2 話


集まってきた民衆の憎悪に歪んだ顔に囲まれ、ルルーシュは微笑んだ。

すべて計画通り。

中にはカッターなどの刃物や、鈍器になりそうなもの、中身の入ったペットボトルなどを手にしている者もいる。
それなりに整った顔をしている俺が、見るも無残な姿となるのだから、後世のものたちは、俺のような支配をしようなどと思わないだろう。そのような事をしたら最後、どのように扱われるのか、俺の末路を見れば思い知ることになる。

「やめて!お兄様を傷つけないで!おにいさまあぁぁぁ!」
「お前たち!ルルーシュに何をするつもりだ!」

民衆の手が、乱暴にルルーシュの遺体を掴んだ。ずるりとその体が傾いだことで、ナナリーとコーネリアは声を荒立たせ、二人を守る様に立っていたギルフォードは慌ててルルーシュの遺体に手を伸ばした。
彼らはルルーシュがゼロであった事を知っている。だからこの茶番にも気付き、遺体が嬲られるのを忍びないと思ってくれたのかもしれない。だが、これも計画のうちなのだと、ルルーシュは引きずり降ろされ、乱暴に地面に叩きつけられた自分の体を冷めた視線で見降ろしていた。
魂の抜けた肉体は、間抜けな姿で地面に転がり落ちている。
誰が最初に手を出すか、鈍器を手に、あるいはその足で蹴ろうとしていた者たちは、一瞬戸惑い辺りを伺った。
誰かの後ならやりやすいが、最初というのは手を出しにくい。
ふむ、ギアスで操ったサクラを混ぜておくべきだったか?
まあいい、この流れは止まらない。
すぐに暴行は始まるだろう。
そう思いながら、嘗て自分だった物体を見下ろしていたのだが。

「ちょっと!まちなさいよ!!」
「てめーら!その体にさわんじゃねーよ!!」

そんな叫び声で、ルルーシュははっとなり視線を民衆の方へ向けると、人の波をものともせず、かき分けて、ルルーシュの遺体にたどり着いた者たちがいた。
カレンと玉城だった。

「・・・なんで、お前たちがここに・・・」

視線を移動させると、磔にされていた面々は次々と解放されている所だった。真っ先に解放されたらしいこの二人は、当然ルルーシュがゼロだと知る人物だ。
この茶番にも気付いたかもしれない。
余計な事はするなと思いながら、ルルーシュは二人を見つめた。

英雄ゼロ。
その部下である黒の騎士団。
正義の味方を名乗り、悪逆皇帝ルルーシュに抗い、打倒した者たち。

彼らがルルーシュの遺体の前に立ちはだかったことで、人々は後ずさり、遺体から離れて行った。そして、彼らのその瞳から徐々に狂気と憎悪の光が消えていき、次第に正気を取り戻し始めた。

くっ、駄目か。
冷静になってしまえば、よほどの者でない限り、遺体とはいえ人間相手に暴行を加えることは難しくなる。石を投げる程度はするだろうが、その程度ではこの遺体を見るも無残な姿にする事は出来ないし、二人がいる以上そんな行動も取る事も出来ない。

正義が止めたのだ。
それを行えば自分たちは悪になる。

落ち着け俺。
いい加減その渇いた笑いは止めろ俺。
・・・この程度何も問題はない。
想定の範囲内だろうが。
この後遺体を回収し、予定通り土葬される。
墓の所在地は誰にでも解る様にするため、必ず墓は荒らされ、遺体は晒しものになる。その時に嫌が負うにも醜悪な姿が晒されるはずだ。腐乱し、二目と見られないような醜くおぞましい姿が。
その後火葬にし、再び墓へ。
再び荒らされた後は標本として保管するという名目で、ショーケースの中へ入れて見せしめにする。
悪を成した皇帝の成れの果て、その末路。
力あるものが悪を行えばどうなるか、それを目に見える形で残す。
折角ある俺の遺体だ。
骨の髄まで利用しなければ勿体ないからな。
・・・だが、ここで更なるイレギュラーが発生した。
ざわざわと、群衆が今まで以上にざわめいた。
そしてその視線が、全てルルーシュへ向いたのだ。
遺体ではなく、幽霊であるルルーシュに。

「・・・なんだ?まさか・・・見えるのか?」

それは拙い。
幽霊である自分を捕える方法も、消滅させる方法も今のところ思いつかない。
悪逆皇帝が徘徊しているとなれば、人々は不安で夜も眠れなくなるだろう。
それでは<優しい世界>にならないではないか。

くっ、どうする。

思わず後ずさり、すでに脳は失われた幽霊の体で必死に思考を巡らせていると、視線が僅かに自分から逸れている事に気がついた。
慌てて振り返ると、そこにはゼロ。
台の上から滑り降りてきたのだろうか、音も無くゼロはそこに立っていた
血に濡れた剣を手に、ナナリーとコーネリアを一瞥した後、カツリと靴音を鳴らし、ルルーシュの横に立った。
スザクにはルルーシュが見えていないはずなのに、彼が立ったその位置は、ナイトオブゼロとしてスザクが立っていた位置・・・ルルーシュから1歩引いた斜め後ろの場所だった。
そして仮面に覆われた顔を静かに下に向けると、視線の先にはルルーシュの遺体。 無様な姿で転がっていた遺体は、声を殺して涙を流しているカレンによって抱き起され、乱れた髪を整えられていた。玉城は周りを威嚇するようにして、俺の遺体とカレンを守っている。
ゼロは視線を玉城、そして群衆へと向けた。その動作が恐ろしいほど静かで、本当にこの中身はスザクなのかと、ルルーシュが訝しむほどだった。 声を発することなく地面に降り立ったゼロは、遺体を抱きしめていたカレンの横に立つと、何も言わずにその遺体を抱きあげた・・・のだが。

「・・・まてこの馬鹿スザク!!何だその抱き方は!!」

何で横抱きにする!!
漆黒の仮面の英雄が、純白の衣装を鮮血に染めた皇帝を抱きかかえる図は駄目だろう。ナイトオブゼロのスザクなら皇帝の騎士だからありかもしれないが、お前はゼロだ。ゼロと悪逆皇帝は敵対関係にある。その皇帝の遺体を、そんな風に大事なものを扱う様に抱きあげてどうする。

「せめて担ぎあげろ!荷物のようにな!!お前なら片手でもその重さ、持ち上げられるだろう!脇にでも抱えろ!聞けスザクッ!」

当然だが、そんな文句はスザクに聞こえる事はない。
物言わぬ遺体となったルルーシュを抱え上げたゼロは、その視線をルルーシュの顔へと向けていた。
その様子に、辺りはしんと静まり返った。
姫抱き・・・いや、横抱きにされたことで、ルルーシュの顔がよく見える。
満足げに笑みを浮かべた死に顔だった。
ルルーシュは失敗したと舌打ちをする。
今、自分はゼロに殺害されたのだ。
憎々しげに苦しみもがく顔でなければいけないのに、未来を断たれた絶望の顔で死ななければいけないのに、なんで達成感を漂わせるような笑顔で死んでいるんだ俺!駄目だろう!これから世界は俺の自由になるのだ!フハハハハハハ!という状況から一転し、これだけの大観衆の中であっさりと殺されたんだぞ!馬鹿か俺は! ああくそ、何たる失態!死に顔の事まで考えてなかった! こんなことなら苦悶の表情を浮かべる練習をしておくんだった!
幽霊ルルーシュがそんな事を考えながら悶絶している事など知らないゼロは、静かに視線を民衆へと向けた。
そんな姿は当然のことながら、とテレビカメラで撮影されている。
カメラに気がついたゼロは、視線を向けると、長い沈黙を破り言葉を紡いだ。

「悪逆皇帝は既に亡くなった。・・・日本では死人に罪なしという言葉がある。それは、大罪を犯した人間が、死後、悪しき神となってこの世界に災いをもたらす事を防ぐため、この国では大罪人であればあるほど手厚く祀る習慣があるからだ。悪逆皇帝はブリタニアの人間だが、この地で命を落とした。ならば、日本の習慣にのっとり、この地で祀り、二度と世界に対して悪意を振りまく事がないよう、静かに眠らせたい」

そのゼロの言葉に、周りは水を打ったように静かになった。
・・・正確には一人だけ文句を言っているのだが、誰の耳にも聞こえなかった。

「馬鹿が!その解釈は色々と間違っている!確かに古来より日本人は、人神として死者を祀る事がある。偉業を残した者と、この世に恨みを残したものがその対象だ。大罪人であればるほどなんて初めて聞いたぞ!今考えただろうお前!!それが真実なら、犯罪者を神として祀るという、恐ろしい状況になるだろうが!!大体、俺が恨みを残す前提でなければ成り立たないが、今の俺の死に方に、この世を恨む暇があったか!?順風満帆すぎる人生が突然終わったんだから、恨む暇ないだろうが!大体、俺が祟らないことぐらい知ってるよな!?ならば、余計な事をするな、この馬鹿スザク!!」

俺の死体がぼろ雑巾になる事、お前も納得してただろうが!
だが、その文句も当然ながらスザクには聞こえない。
日本人であるカレンと玉城は、そうだそうだ!悪霊にならないよう、手厚く葬らなきゃならないんだ!とゼロに賛成の声をあげ、解放されたカグヤまでそれに賛同してしまったため、ルルーシュの目論見から大きく外れて、遺体は手厚く埋葬されることになった。

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